縁あって、山形県鶴岡市に。
鶴岡といえば、専修学校の創立者駒井重格氏が戊辰戦争終結後に謹慎した場所と聞いていました。
そこで、専修大学大学史資料室の瀬戸口さんから謹慎していた場所を聞いて現地に。
到着当日、庄内空港から宿泊先まで向かったタクシーの運転手さんに「大山って分かりますか。」と聞くと、大山に住んでいるとのこと。
そこで、5月3日に案内をして貰うことに。
鶴岡市大山2丁目の指定された場所には、石田屋という店舗があり、運転手さんが近所の店に布袋屋金右衛門邸はどこかと質問。年配の女性が石田屋さんに電話をして、布袋屋さんを知っているかと質問したが、詳細は分からないとのこと。
すると、この女性、家に石田屋さんの歴史を綴った書籍があるとのことで、店から持参。
「大山の石田屋」という本には、石田屋は明治5年開業と記されていました。
そんなやりとりをしていると運転手さんの知り合いが通りかかり、布袋屋を探していると伝えると、石田屋の隣の家は以前小布袋屋と呼ばれており、遊郭であったとのこと。
この事実を確認するということで前の美容院に。
美容院で髭をあたって貰っていた年配の男性に聞くと、石田屋さんの隣の家は、布袋屋さんの分家で小布袋屋といっていたということでした。
人の輪が繋がる不思議な時間でした。
駒井重格氏も謹慎中とはいえこんな暖かい人情のある大山で過ごしていたのかと感じることのできる貴重な体験でした。
その後、庄内空港に。別れ際、運転手さんが「大山の歴史を調べていると元高校の先生がいるので、何か分かったら連絡します。」とのこと。
新たな歴史が分かったら、今度は私から瀬戸口さんに伝えます。